将門塚(東京都千代田区)

将門塚5
東京駅周辺、丸の内や大手町の高層ビルが立ち並ぶ一角に将門塚という史跡があります。

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地下鉄の大手町駅へ向かう途中、その日はなぜだか通りを一つ間違えてしまっていたようです。

将門塚3
ビルとビルの間に、周りの景色とは全く異なる緑の一角を見つけました。
そこだけまるで空間を切り取ったかのよう。

将門塚4
東京都の旧跡「将門塚」と書かれた場所。かなり強いパワーが奥から溢れ出ています。

「将門塚」がどのような場所かも分からずに、偶然出会ったその場所の並々ならぬパワーに思わず足を止めてしまいました。

将門塚2
何人かの方々がお参りされていました。中にはとても熱心にお参りされている姿もありました。

石段を登って直ぐのところに「将門塚」の由来が書かれた案内板が。

「将門塚」は首塚


将門塚由来
「えっ!!首塚・・・!!」

書かれた内容を読むまでもなく、さすがに首塚はちょっと・・・・と思って、引き返そうとするのですが・・・足が動かない(◎_◎;)

いつの間にか人がいなくなり私一人。
将門塚1  
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案内板に書かれていた首塚の由来には・・・

案内板に書かれていた首塚の由来を読んでみました。

まとめてみるとこんな感じでした。

今を去ること1050年前、桓武天皇から五代目の子孫である平良将の子「平将門」。
平将門は、同じ平家の流れをくむ有名な平清盛よりももっと前の平安時代中期の武将だそうです。

当時、京都では藤原氏が政権をほしいままにして我世の春を謳歌していたが、遠い関東では国を守るべき国司が私欲に走り善政を忘れ、下僚は収奪に民の膏血をしぼり取っていたという。加えて洪水や干ばつが相続き、人民は食なく衣なく、その窮状は言語に絶するものがあったと記されています。

これらの力が弱く虐げられている多くの民を救うべく、将門は兵を起こし政治の改革を図ったみたいですね。
将門は次々に関東の国府を攻撃し、悪政をはたらいていた国司を追放し、関東一円を平定します。
そしてその勢いで、朝廷の悪政から関東を独立した自治国にしようと自らを「新皇」とまで称するようになります。
しかし、東国の独立を標榜したことによって朝廷からは逆賊とみなされてしまいます。そして遂には、平貞盛と藤原秀郷の奇襲をうけて、馬上陣頭に戦って憤死したとされています。享年三十八歳だったそうです。

苦しむ民衆のために強大な中央権力に立ち向かった当時の英雄だったのですね。

将門の勢いは神がかりのような強さがあったとうかがわれます。
千葉県にある成田山新勝寺は、将門を調伏させるために建てられたのだそうです。
将門の強さを恐れた朱雀天皇の密勅により、寛朝僧正が京の神護寺にある護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り、平将門を調伏すべく不動護摩の儀式を行ったのが開山起源とされています。


 

その後将門の首は京都に送られ獄門に架けられます。
しかしその三日後、将門の首は白光を放って東方に飛び去り、武蔵国豊島郡芝崎に落ちたとされています。
その時、大地は鳴動し太陽も光を失って暗夜のようになったといいます。村人は恐怖し、将門の首が落ちたこの場所に塚を築いて埋葬したそうです。これがこの地が将門の首塚と語り伝えられている由来だそうです。

 

 

私欲ではなく、弱い人民を救おうと立ち上がり、志半ばで死んでしまったなんて無念だよなぁ。
38歳なんて今の時代からしたらむちゃくちゃ若いですよね。

 

えーーーい!!戻ることができないならしょうがない。
腹を決めて石碑の前に進み出ました。

将門塚6
首を斬られたのなら恨みもあるだろうけど、どうか成仏してください。そう念じて手を合わせたのですが・・・・

 

あれ?・・・恨みの念はゼロ・・・

まったく恨みがましい念が無いんです。

それよりも、粗野な感じが残るものの、正義感の強そうな豪快な・・・例えて言うならスサノウ尊のような雰囲気。

確かに首から上だけのお姿だけど、おどろおどろしい感じは全くなく、どちらかというと親しみやすい風貌。

今でも関東一帯を護っていらっしゃるみたい。懐の広い正義感の塊のような方でしたよ。

首塚の祟りめいた噂があるみたいですが・・・・将門様の名誉にかけてそんな方には見えませんでしたよ。
 
 
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江戸幕府によって鬼門の守り神となった将門

東京の守り神とされる神田明神には将門が祀られています。
神田明神の「かんだ」とは首を斬られて殺された将門の胴体、つまり「からだ」が変化したものという説もあります。

元々「神田明神」は、将門塚の場所にあったそうですが、徳川幕府によって江戸城の鬼門にあたる現在地に遷座されたと言われています。

江戸城の鬼門に「神田明神」を据えることにより、幕政における朝廷の関与を食い止めようとしたみたいですね。
中央の権力に立ち向かう将門のパワーを利用しようと考えたのでしょうね。

 

 

延命院の「胴塚」へ

逆賊として殺された後、将門の身体は弟の将頼と家来らにより茨城県坂東市にある「 延命院」の境内に運ばれ、密かに葬られたと伝えられています。

これもご縁と思って、将門塚を参拝した数日後、将門様の胴体が埋められているという「延命院」へ行ってまいりました。

延命院
将門の胴体は「胴塚」として、延命院の不動堂の後ろに静かに祀られていました。

延命院胴塚
とても穏やかなエネルギーが流れていました。

胴塚の西側には、昭和50年に東京都大手町の将門首塚から移された「南無阿弥陀仏」の石塔婆が建てられています。

首塚と胴塚が結ばれることによって将門公もより落ち着かれたのではないでしょうか。
 
 

現代にも残る将門のパワー

1500年も前の方ですが、その思いはいまだ強く現代に残っているみたいです。
今の時代も所得の格差による子供たちの貧困や、原発の問題など、個人の力ではどうすることもできないと思われる問題が山積です。
そんな今だからこそ将門公のパワーが強まったのかしら・・・・

世の中が少しでも良くなるようにという志をお持ちの方は「将門塚」に参拝されたらいかがでしょうか。力になっていただけそうですよ。
 
 

将門塚アクセス情報

東京都千代田区大手町1-2-1

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